雨が上がっていた。雲の切れ間から覚めるような青空が覗いていた。
泣きやまない木の葉丸をなんとか家まで送っていっての帰り道、俺はゆっくりとした足取りで自宅へと向かった。
本当言うと、俺だって泣きたかった。子どもの頃のように大声をあげて、泣きたかったよ。でも、俺は教師であってもう一人前の男だ。人前で泣くことなんかできやしない。
両親が死んだ時も、俺は大声で泣いていた。慰霊碑の前で、三代目に抱き留められていたっけ。でも、その前に、あれ?なんでだろう、俺、大声で泣いたのは三代目の前でだけだったか?一番最初に俺が泣いてて、そんな俺を誰かが抱きしめてくれてはいなかったか?
ズキリと頭が痛んだ。なんだ?どうした?なんだか腕も痛む。木の葉崩しの際、俺は戦闘には参加しなかったから怪我はしてないはずだ。
俺は道の往来で立ち止まった。そして袖を引き上げて痛む腕を凝視した。特に変わったことはない。気のせいなのか?そう言えば頭の痛みも消えている。何を考えていたんだっけ?
あれ?思い出せない。疲れてるのかな。こんな日は飯を食ってさっさと寝るに限る。
俺は少々足早に自宅へと向かった。

「イルカ先生。」

呼ばれて振り向くと、そこにカカシ先生がいた。あれ、気配がまるでなかった。もしかして瞬身でも使って来たのかな?何か急ぎの用事でもあったのだろうか?

「カカシ先生?」

カカシ先生は俺を呼び止めたっきり、無言で突っ立っている。何か用事があるのかな?人通りのあるこの場所では話し辛いことなのかもしれない。

「あの、よかったらお茶の一杯でもどうですか?俺の家、すぐそこですし。」

「いただきます。」

即答されて俺は少し意外に思った。普段のカカシ先生だったら少し逡巡するだろうなと思っていたから。

「ではどうぞ。そう言えばそろそろ昼飯時ですね。簡単なものでよければ何か作りますよ。食べていかれますか?」

共に歩きながら言うと、カカシ先生はまたもやいただきます、と即答した。今度はやけに力の籠もった言い方だった。そんなに腹が減ってたのかな。確かにこの所、片付け作業やら何やらでほとんど休みなんかなかった。俺も疲れ気味だった。カカシ先生も疲れていたのかもしれないな。
自宅に着くと俺はタオルを持ってきてカカシ先生に手渡した。カカシ先生は受け取るとガシガシと頭を拭いて家の中に入ってきた。

「えーと、風呂、入っていかれます?」

「いえ、そこまで濡れてはいませんから。」

確かに俺もカカシ先生も肩は濡れていたが体全体が濡れているわけではない。風邪を引くような気温でもなかった。

「では早速飯の準備しますから、カカシ先生は座って待っててください。お茶はほうじ茶でいいですか?」

「はい。」

カカシ先生は卓袱台の前に座って相変わらず頭を拭いている。そう言えばカカシ先生を家の中に入れるのはこれで2回目だな。この間は俺、狸寝入りしてたけど。
そうだ、あの時、カカシ先生は俺のことを呼び捨てに呼んでくれたんだ。
俺はカカシ先生にお茶を煎れて持っていくと、早速調理にかかった。
野菜を切ってフライパンで炒めていく。もう一つのコンロでスープを作る。今は何か温かい食べ物がいいだろう。
ああ、なんだか緊張する。くそっ、もっと何か手の込んだ料理を作ればよかったかな。居酒屋でおいしいと言っていた茄子のはさみ揚げ、いや、あれはちょっと時間がかかるからなあ、やっぱり手軽にぱぱっと作れるものの方がいいはずだ。
俺は手際よく作り終えると、カカシ先生の前に皿を持っていった。

「簡単なものですみません、カカシ先生は焼きそば、好きですか?あと卵スープもありますから、今持ってきますね。」

俺は皿を置くとスープを取りに台所へと戻った。そして二人分のスープをよそうとカカシ先生と自分の分を卓袱台に置いた。

「さ、食べましょうか。」

俺はいただきますっ、と力強く両手を合わせて箸を手に持った。
カカシ先生、気に入ってくれるかな?と思って食べながら様子をうかがうと、カカシ先生は困ったような、泣きそうな顔をして食べていた。あ、もしかして苦手な部類だったのかな?焼きそばが嫌いだって人、今まで会ったことなかったし、作り慣れていたから作ったんだけど、失敗しちゃったかな?

「あの、もしかしておいしくなかったですか?」

俺は恐る恐る聞いた。が、カカシ先生は首を横に振って焼きそばを口に入れていく。卵スープを飲んで、そして切なげに笑って言った。

「普通の卵スープじゃないですね。とても美味しいです。」

言われて俺は満面の笑みを浮かべた。そうでしょう、これ、自分でも結構自信あるんですよ。改良に改良を重ねて、いつも美味しいって言ってくれて、
誰がだ?俺、卵スープを誰に作ってやったんだ?両親がいつも任務で家にいなくて、どうせ食べるならインスタントのものよりも美味しいものを自分で作ろうと思って、そして、誰かに褒めてもらったんだ。料理の腕だけは負けないと、お前は俺よりも強いだろうけど、俺はここだけは勝ってるんだからな、と。あれは一体誰だったんだ?
痛い、頭が割れるように痛む、腕が焼け付くようだ。俺は箸を置いてこめかみに手をやった。痛みが引かない。何か病的なものではなく、意図的に誘発されたような感じがする。
おかしい、俺、どうしちゃったんだ?

「イルカ先生?どうかしましたか。」

言われて俺ははっとした。
あれ、俺、また何かぼんやりとしていて、何を考えていたんだっけ。

「ご飯、おいしかったです。ありがとうございました。」

カカシ先生は自分の分を綺麗に平らげてくれたようだ。よかった。ちゃんとおいしく作れたようだ。

「おそまつさまです。」

俺も自分の分をさっさと食べると、茶碗を流しへと持っていった。そして洗うために腕まくりをする。

「イルカ先生。」

真後ろから声がして俺は慌てて振り返った。さっきまで卓袱台の前に座っていたはずのカカシ先生がすぐ側に立っていた。
びっくりした、なんだってこんな至近距離にやってくるんだよ。俺はあなたのことが好きなんだから余計に心臓バクバクするでしょうがっ!
と、誰に文句を言うでもなく、心の中であわてふためいた。

「あ、もしかして片付けを手伝いたいとかですか?そんなに茶碗の量もないですし、大丈夫ですよ。カカシ先生はゆっくり休んでいてください。食後に何か果物でも切りましょうか?この間近所の人からオレンジを頂きまして、カカシ先生、柑橘系は好きですか?」

しかしカカシ先生はそこに立っているままで何も話さない。どうしたんだろう?何か、そうだ、確か道の往来で呼び止められたんだ、何か話したいことがあったに違いない。俺ばっかり話してしまって、なんだか申し訳なくなってくる。

「正直、今でも俺はどちらがいいのか分からない。けれど、忍びとして俺は、いつ死ぬか分からない。」

俺はツキン、と胸に棘が刺さったような感触がした。忍びたるもの、いつでも死の影はつきまとってくる。今回の木の葉崩しの時だって、カカシ先生は闘っていたのだろう、もしかしたら命を落としていたかもしれない。里の誉れと言われるこの人も、いずれは死んでしまうのだから。

「だから、自分の気持ちに正直に生きようと、そう思ったんです。」

俺は俯いてしまった。こんなにカカシ先生に思ってもらっている人物が羨ましい。いや、もっとどす黒い感情だ。俺はその人と会ったらきっと睨み付けてしまう。憎んでしまう。

「思われている人が、羨ましいです。カカシ先生は、本当に素敵な人ですから。も、もう告白はされたんですか?うかうかしてると、誰かに盗られちゃいますよ?」

視線を合わせないままにそう言えば、カカシ先生は強引に俺の両肩を掴んだ。

「抱きしめていいですか?」

言われて俺はぱちくりと目を瞬かせた。

どうして俺を抱きしめるんだ?この展開で俺を抱きしめる理由なんてないのでは?と疑問符が頭に浮かぶる。

「どうして、カカシ先生。だって、あなたの好きな人は俺ではないでしょう?」

顔を上げてカカシ先生を見上げると、カカシ先生は顔を歪ませて苦悩している様子がありありと見て取れた。

「分からないんです。俺は、どうすればいいのか分からない。でも、このままでは嫌なんです。いつの日にか、ただの元生徒の担任と上司なんて言う今のままの関係で、俺が死んでしまった時、あなたは俺のことをただのナルトたちの上忍師という位置づけでしか認識しないでしょう?それだけの存在のままの記憶しか残らないなんて、そうなってしまうのが嫌なんです。ねえ、イルカ先生、あなたは少しでも俺のことが好きですか?特別だと言える程に俺を好いてくれてますか?」

そんなの、そんなの当たり前だ。カカシ先生が好きなんだ。ずっとずっとあなたの側にいたいと思ってしまうんだ。そんなのに理由なんかない。俺は、ただ、あなたのにことが、たった一人、あなただけが。
俺は、心の中にひた隠していた言葉を口にした。